システム論の話をしましょう!(その15 最終回)

目安時間:約 6分

システム論の話をしましょう!(その15 最終回)


 このシリーズでは駆け足でシステム論の3つの分類とリハビリで使えそうなアイデアを検討し、紹介しました。結局、システム論というのは運動システムがどのように作動するかという「作動の性質」に焦点を当てて説明しようとしていることがわかると思います。


 これまで学校では運動システムを皮膚で囲まれた目に見える構造として習ったと思います。そしてこれを基にして部位毎、あるいは構成する要素毎に問題を探し、問題のある部分を治すという治療法略を習ってきたと思います。(治療法略とは治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策です)


 でもこの治療法略の考え方は機械の修理と同じであることが分かると思います。機械を構成する部品毎に不具合を調べ、問題のある部品を直したり交換したりして修理しますよね。学校で習う治療法略はまさしくこの機械の修理と同じで、問題のある構成要素と部位を特定し、全体の問題との間に因果関係を想定するのです。そして問題のある構成要素と部位に働きかけて治そうとします。


 たとえば歩行不安定の方の検査をすると、下肢の筋力低下が見られ、可動域には問題がなかったとします。すると下肢筋力低下が歩行不安定の原因と因果の関係を想定し、下肢筋力強化を行うのです。このようなものの見方は「要素還元論」と言います。


 でも実際人の運動システムではそのような単純・直線的な因果の関係は成り立たないことが多いのです。人の運動システムは様々な要素が影響しあっている複雑なシステムです。たとえば慢性痛は身体構造の一部位の変形で起きているだけでなく、心理的な要素や生活習慣なども影響しています。逆に身体構造に問題があってもプラセボ手術で治ったりすることもあります。また慢性痛が1つの部位を原因として起きている訳ではなく、筋膜などを通じて全身の各部位と影響し合っていることも知られていますよね。


 もちろんこの治療法略で治ることもあるのですが、ともかく単純・素朴な因果関係を想定するような治療法略は、現実には壁に当たることも多いと思います。それはこの治療法略が、人の体を機械として捉えるデカルト以来の西欧文明の伝統を基にしているからです。


 一方システム論の視点は、運動システムの作動の性質を明らかにしていくので、それを基にした治療法略は学校で習ったものとはまったく異なっています。


 たとえば「素朴なシステム論」のところで検討したように、多要素・多部位同時方略のような治療法略はシステムの作動の性質を基にして考えられたものです。ある臨床家が膝の痛みが膝周辺のリリースで一時的に改善することを経験します。そして一時的には良くなりますがしばらくするとまた元の痛みに戻ってしまうことに気がつきます。これは元々膝周辺の筋膜が硬くなる・短縮するような状況の中で生活しているからです。その状況に影響するのは姿勢だったり、仕事内容だったり、運動不足などの生活習慣だったり、もちろん身体的な素因など色々とあるのでしょう。


 このことに気がつくようになると、治療法略は「筋膜リリースは膝周辺だけでなくもっと広範囲に行われる必要がある」し、姿勢や運動の偏りをただす必要も出てくるし、生活習慣や仕事をするときの環境を調整する必要もでてきます。このように「膝周囲の筋膜の癒着・萎縮が原因」とする単純・素朴な因果関係は意味がないと知り、「多要素・多部位同時方略」に移行するのでしたね。


 同様に動的システム論や生態心理学の視点からは、「自己組織化」というアイデアから「セラピストが支配的に患者の運動をコントロールして思い通りの運動学習をさせることはできない」ということを知ったり、「課題達成の運動は適切な課題を通して組織化される」とか「身体のコントロールはその限界を知って初めて獲得される」とか様々な運動システム作動の性質を知ることができます。(このシリーズでは紹介していないアイデアがまだ沢山あります)


 またオートポイエーシスの視点からは、「人の運動システムは必要な運動課題を達成しようとするし、課題達成に問題が起きると問題解決を図る」という性質を知ることができました。そうすると脳卒中後に見られる現象がすべて症状ではなく、運動システムの問題解決が混じり合った状態であること。また問題解決によって新たに問題が生じていることを知ることができ、更に新しい治療法略を組み立てることができます。


 このようにシステム論を学ぶことで人の運動システムの作動の性質がより分かるようになり、それを基にした新しい治療法略を考え出すことも可能になります。 CAMRではシステム論を基に人の運動システムの様々な作動上の性質をまとめ、それらを基にした治療法略を提案しています。皆様の治療法略を充実させる上で参考になると思いますので、講習会再開後には是非とも受講されることをお薦めします(^^)v(終わり)

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システム論の話をしましょう!(その13)

目安時間:約 5分

システム論の話をしましょう(その13)


 「運動システムは常に人にとって必要な課題を達成しようとするし、課題達成に問題が起きるとなんとか問題解決を図る」と前回述べました。


 

 しかし誤解してはいけないのは、問題解決を図るといっても、問題は必ず解決されるわけではないということです。問題解決とはいっても、障害後に多くのリソースが失われた後の応急的・場当たり的な対処なのです。健常の頃のように状況に応じて適切な対応を行うことは望むべくもありません。運動システムは問題解決を図っていても、むしろ状況を悪くしてしまうことも多いのです。


 たとえば外骨格系方略の問題解決を図っている人を沢山見ると、中にはどんどん硬くなって却って動きにくくなったり、あるいは過緊張のために不快や痛みに苦しんだりする人もいます。問題解決のはずがむしろ状況を悪くしているわけです。これは「偽解決」と呼ばれる状態です。(「偽解決」は短期療法などで使われるアイデアで、問題解決と思って実施したことが、逆に更に悪い状況を招いてしまうことです)


 なぜ偽解決になってしまうかというと、体を硬くし始めたときには実際弛緩と比べて動きやすくなります。そうすると運動システムは上手くいった方法を繰り返してしまいます。元々障害後に沢山のリソースが失われて残ったリソースを利用し、選択肢もごく少ないので、それを繰り返さざるを得ないのです。体を硬くする元々のやり方ではなく、調整も上手くいかず、ひたすらできる事を繰り返すのです。だから体は次第に硬くなり、動きにくくなって更にそれが次の硬さの呼び水になります。たとえば硬くなった体を動かすための過剰な努力が必要になります。また硬さが痛みを生み、その痛みや不快刺激が防御的に更に硬さを生み出すわけです。つまり身体を硬くする問題解決が悪循環を生み出し、暴走してしまうのです。


 また運動システムの問題解決が生み出すもう一つの問題は、「貧弱な解決」と呼ばれる状態です。これは最初に選ばれた問題解決が繰り返されて、なんとか課題は達成しているものの、その間に潜在的に筋力が回復したりしていてもそれに気がつかなくなってしまった状態です。最初の問題解決の方法が繰り返されるので、新たに回復した筋力などを使ってみる機会が失われてしまうのです。この潜在的に回復したリソースは「隠れた運動余力」と呼ばれます。もしこの「隠れた運動余力」を上手く使っていけば、運動課題達成のパフォーマンスはもっと改善するのですが、結局使われることなく、運動のパフォーマンスも改善することなく、停滞の状態になるのです。存在を気づかれなければ、ないのと一緒だからです。これは偽解決ほど悪い状態には見えませんが、長期的には患者さんにとって大きな不利となります。

 脳性運動障害の患者さんは、元々の障害による弛緩麻痺(筋力リソースの消失・低下)の障害像に加えて、運動システム自体の問題解決の欠点ないしは副作用によって悪化した状態が加わってより複雑になっていることになります。


 リハビリでは厳密には麻痺は治せないかもしれませんが、運動システムの作動の性質によって生み出された問題(偽解決・貧弱な解決)は障害自体ではなく、障害後の運動システムの作動の問題なのでリハビリで改善できます。そうすると「リハビリを受けて(状態)が良くなった」と喜ばれたりします。現場でも気づかずにこのアプローチをしている人がいて、「脳性運動障害に対する訓練効果」として説明しているのをよく見ます。基の障害にアプローチしているのか、障害に対する運動システムの問題解決(偽解決・貧弱な解決)にアプローチしているのか区別ができていないのです。


 自分のアプローチが障害に対するものか、運動システムの作動に対するものかがはっきりするだけでも、自分のやっていることの価値や意味がより分かって仕事が面白くなります。(CAMRの講習会では様々な問題解決や偽解決・貧弱な解決の例がビデオでわかりやすく見られます。興味のある方は参加をお薦めします)(その14に続く)


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システム論の話をしましょう!(その11)

目安時間:約 5分

システム論の話をしましょう(その11)


 さて最後は「内部の視点から運動システムの作動を見るアプローチ(CAMR)」の紹介です。


 CAMR(Contextual Approach for Medical Rehabilitation:医療的リハビリテーションのための状況的アプローチ)は、これまでの「素朴なシステム論」の経験や「外部の視点から運動システムの作動を見るアプローチ(課題主導型アプローチ)」などのアイデアを取り込みながらここまで発展してきています。


 そしてこんどはこの第3世代システム論と言われるマトゥラーナとヴァレラのオートポイエーシスの中から使えそうなアイデアや視点を取り込んで現在の形になっています。


 オートポイエーシスでは「運動システムの境界は自らの作動で作られる」とか「システム内部の視点で作動が語られる」といったアイデアがあります。(これらについての詳しい説明はしません。興味のある方は彼らの本を読んでみてください。なかなか難しいです(^^;)


 最初これらのアイデアを臨床でどう使えば良いかを悩んでいたのですが、結局、単純ですが運動システムの立場になって何が起きているかを考えてみようと思い立ちました(イヤ、実に単純(^^;))つまり「システム内部の視点で作動を説明してみよう」と考えたのです。そうすると不思議なくらい「確かにその通りだな」と腑に落ちることが沢山ありました。


 たとえば起立を考えてみましょう。認知症の方に「立ってみましょう!」と勧めます。すると1-2回試して「できん、立てん」と言われます。少し試みて、立てないと分かったんだな、と納得します。しかしその患者さんが夜中に立ち上がろうとして転倒したという事故報告を翌日に聞きます。患者さんの外部から見ていると、「身体状況をよく認知していなくて無理したんだな」と思ったりします。


 しかし運動システムの立場から考えるとよく知らないセラピストにいきなり「立て」と言われてもあまり立つ意味が感じられないので課題達成にはあまり熱心ではないのかもしれません。でも夜中に立ったときは立つべき必然があったので、なんとか立とうと頑張ったのだと思います。


 つまり運動システムは人にとって必要な課題はなんとか達成しようとしますが、意味や価値が低ければあまり熱心ではないのです。そして必要性というのは状況に左右される訳です。つまり運動システムの立場から状況と運動システムの作動を理解することが重要です。


 また外部の視点から運動システムの作動を見ているときも気がついたのですが、もし課題ができないと、課題達成に利用できそうなリソースを身の回りに探し、その利用方法であるスキルを試行錯誤します。これは内部から見てもその通りで、なんとか課題を達成しようといろいろなものを利用しようと一生懸命なのです。


 そうすると、運動システムは必要な課題はなんとか達成しようとするし、そのために利用可能なリソースを探し、スキルを実際に試してみるものなのです。また達成できないときは、なんとか問題解決を図ろうとするものではないか、と気がつきました。できなければ必ず問題解決を図るのではないか。もしそれが必要な課題なら!


 「人の運動システムは必要な課題を達成しようとするし、ダメなら問題解決を図ろうとする」単純ではありますが、「これが人の運動システムの基本的な作動の性質の一つではないか!」と思えてきました。


 確かに腰痛が出た時に歩く必要があれば、体幹を硬くしてなんとか痛みを防ぐという問題解決を無意識に図りますよね。他にも沢山の問題解決が見られます。腓骨神経麻痺で下垂足になると膝を高く上げてつま先が引っかからないように歩きます。


 そうすると・・・ 脳性運動障害では、障害後に見られる現象はすべて症状と見なされています。ジャクソンが脳性運動障害後の現象を症状として陰性徴候と陽性兆候に分類したように。でも先の仮説、「人の運動システムは問題が起きると必ず問題解決を図るのだ」と考えると全部が全部症状ではない、と考えられるのです。


 「そうだ!脳性運動障害の人は一方的に症状に打ちひしがれている弱い人ではないのだ!僕たちは精一杯障害に立ち向かっている姿を見ているのではないか!」(その12に続く)

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システム論の話をしましょう!(その8)

目安時間:約 5分

システム論の話をしましょう(その8)

 今回は「課題達成をリソースとスキルで説明する」というアイデアの有効性についてもう少し検討してみます。


 従来学校で習う視点では、起立ができないと四頭筋などの筋力検査を行い、弱っている筋の筋力を改善するというアプローチを学んできました。つまりシステムの作動ではなく、構造を中心に考えます。特に四頭筋が弱っていれば、座位でおもりやゴムベルト、徒手などで四頭筋力を増やすという方法もよく行われてきました。


 しかしこれではリソースの改善だけを考えたアプローチになってしまいます。座位で四頭筋だけ鍛えれば起立できるかと言えばそうでもないからです。たとえば「椅子に座って、おもりを足首につけて膝を伸ばす」課題は、四頭筋筋力を改善するためによく用いられる方法ですが、これをスキルの視点から見ると「骨盤と大腿を座面で固定され、下腿を持ち上げる」というひどく単純なスキルを練習していることになります。


 でも実際に起立では、四頭筋は「座位での広い基底面から、脚だけの狭い基底面に大きく前方・上方へ重心を移動しながら、なおかつその狭い基底面内に重心を保持して身体全体を上方に持ち上げることを他の全身の筋群と協調しながら行うスキル」の中で働いているのです。 


座位でのおもりをつけての四頭筋訓練はほぼ筋繊維を太くしているだけで起立に必要なスキル学習はまるっきり行っていないのです。起立に必要なスキルは全身的なものです。起立が危うい人は全身的に試行錯誤を通して必要なスキルを学ばなければなりません。つまり起立できるようになるためには実際に起立練習をして、起立のためのスキルを学習する必要があるのです。


 座位で筋トレをすれば、また改めて起立練習で起立のためのスキルの練習をし直す必要があります。もちろん起立練習が到底無理なら、座位でまず筋繊維を太らすことには価値があると思います。しかし、少し手伝ったり、椅子の座面を高くしたり、前方の手すりを用意したりと利用可能なリソースを増やしてあげることによって、起立の課題達成がなんとか可能なら、最初からそのような形での起立の繰り返し練習をした方が効率的だし患者さんの達成感や満足感も上がるでしょう。 


またリソースとスキルという視点で見るとこれまで理解できなかったいろいろな運動の現象が理解できるようになります。たとえば運動学習の効果の転移です。有名なところではテニスのスキルはラケットで球を打つ同じような運動の形に近い卓球には転移しないのに、形はまったく似ていないスピードスケートと自転車競技の間では明らかに運動学習効果の転移が見られます。(日本でも冬のオリンピアであるスピードスケートの橋本聖子さんが夏のオリンピックの自転車競技の代表になって話題になりました)


 実は運動の形は似ていなくてもスピードスケートと自転車競技は、スキルの視点からはとても似通っていることがわかります。どちらも「狭い基底面を持つ道具の上で、バランスを保ちながら左右交互に重心移動をし、体重移動した片脚を力強く下方に踏みしめる」というスキルが共通しているのです。リソースや運動の形はまるっきり異なっていても、似通ったスキルを使う課題同士なら運動学習の効果の転移が起こるというわけです。


 だから歩行を改善するなら、「立位でバランスを保って交互に左右への重心移動をしながら、片脚で体重支持しては体重支持しない方の片脚を持ち上げるような運動課題をすれば、これで身に付けたスキルは歩行へ転移する」と考えることができます。


 またどのリソースをどのように使うかを見ることで、より実際的な運動分析を行うことも可能です。(CAMRではこれを「Resource-Skill Analysisリソース-スキル分析。RSAと略す」と呼んでいます)たとえば前方の手すりと上肢で主に前方への重心移動に使っているのか、体の持ち上げに使っているのかを見ることで運動システムが何を苦手にしているかが分かります。片手で手すりを持ち、前方への重心移動に使っているなら、わざわざ手すりと片手というリソースを「前方への重心移動」のために使っています。つまり前方への重心移動が苦手なのです。この場合、「体幹の柔軟性リソース」を改善して「手すりと片手というリソース」と置き換える、つまり手すりがなくても起立ができるようにすることもできます。(その9へ続く)

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システム論の話をしましょう!(その7)

目安時間:約 7分

システム論の話をしましょう(その7)
 動的システム論も生態心理学も、非常にたくさんの面白いアイデアが詰まっています。そんな中から、臨床で使えそうなものとして僕が選んだのは「運動は課題を通して組織化される」と「運動をリソース(資源)とスキル(技能)の視点で見る」という二つのアイデアです。具体的に見てみましょう。



 臨床である課題を提案すると、患者さんはその課題を達成しようとして試行錯誤を行います。



 たとえばしばらく立っていない患者さんに「立って見ましょう」と言います。すると患者さんは両膝に手を置いたり、片手を前に出してさまよわせたりします。おそらく手すりのようなものを前方に探すのでしょう。あるいは座面に両手を置いて力を入れたりします。そして座面に体を持ち上げるための手応えを感じると両手に力を入れて立ち上がろうとします。お尻が浮き上がりますが、すぐに落ちてしまいます。そして試みを諦めてしまい、「できんよ」と言います。


 両足に加え、両手と座面をリソース(資源)として利用すれば立ち上がれそうですが、立ち上がった後の立位保持に不安があるのかもしれません。人によってはこれらの試行錯誤は10秒位の間にすべて終わってしまいます。始まりから諦めまで割と短時間で、人によっては見逃してしまいそうなくらい短い試行錯誤です。



 そこでセラビストがパイプ椅子をリソースとして、患者さんの前方に背もたれ側を向けて置いて「立ってみましょう!」と声をかけます。患者さんは再び両手を何通りかに置いてみます。左手をパイプ椅子の背もたれに、右手を座っている座面に置いたりして立ち上がろうとします。課題達成のためのリソースの使い方がスキルで、身体を含めたいくつかのリソースを様々なスキルでいろいろに試しているわけです。



 最終的に両手で座面を押し、お尻が浮き上がったところで片手をパイプ椅子の背もたれに伸ばし、それを支えにしてもう片手を伸ばして両手で背もたれを持ち、体を起こしながらようやく立ち上がることができました・・・



 「リソースとは課題達成に利用できそうな資源」であり「スキルとは課題達成のためのリソースの利用の仕方」です。このように課題達成の過程をリソースとスキルのアイデアで説明すると、患者さんが何をどうやって課題を達成しようとしているかが分かりますし、説明も比較的簡単で、患者さんの運動システムの作動がより身近に実感を持って観察できるようになります。



 たとえば上記の立ち上がりですが、下肢や体幹の筋力あるいは柔軟性という身体のリソースが低下していて、健康なときのように体幹を前傾して両脚で体を持ち上げるというスキルでは課題を達成できなくなっています。そこで上肢などの身体リソースに加え、座面や椅子の背もたれといった環境内のリソースを、支持や重心のコントロールのために利用します。また片手を背もたれ、片手を座面に置いたりしてそれらのリソース利用のスキルを試行錯誤し、最終的に課題達成しますよね。



 「患者さんは課題達成の過程を通して、利用可能なリソースを探し、スキルをいろいろに試行錯誤しながら課題達成の運動を生み出し、修正している」ことを実感することができます。まさしく「運動は課題を中心に組織化される」訳です。


 ここからは余談です。
 臨床で見ていると、試行錯誤があまりにシンプルで短い患者さんが多いですよね。「どうしてもっといろいろと試してみないのだろうか?」と思います。もっと探れば隠れた可能性に気がつくかもしれないのにと何度歯がゆく思ったことか。しかしそれこそが課題達成の調整を行うためのアフォーダンスという情報をリソースとして患者さんが利用しているのだろうと思い直したりもしました。



 たとえばそのような例としてダーウィンの「土とミミズ」の話がリードの本に紹介されています。



 ミミズは巣穴をいろいろな葉っぱで塞ぎます。巣穴の湿度と温度を保つためと考えられます。ミミズは穴に引き込みやすいように狭くなったところをくわえて引き込み、穴を塞ぎます。合理的ですよね。ダーウィンはいろいろな形の葉っぱやいろいろな形に切った紙を巣穴のそばに置き、どのように穴を塞ぐかを観察したのですが、やはり比較的簡単に細くなった引き込みやすいところをくわえて穴に引き込みます。最初に広いところをくわえた場合はくわえ直すのですが、それほど細かく何度も試行錯誤するわけではなく、すぐに引き込みやすいところを見つけてしまいます。実際試行錯誤はあるにしても非常にシンプルです。ミミズはどうやって引き込みやすい部分を知覚するのでしょうか?そこでミミズは課題達成のために利用可能なリソースの利用方法を特定する情報、すなわちアフォーダンスを利用しているのではないかといいます。



 アフォーダンスはミミズの引き込みやすい部位を「くわえる」という運動を選択させるような情報で、ミミズはそれをくわえて動かすという探索を通して知覚しているのだという訳です。



 そして人の運動システムでも同じことが行われているのだろうと思います。リソースにおける課題達成の可能性を少し試しただけで運動システムは結果が分かってしまうのだろう、と。試行錯誤をすぐにやめてしまう患者さんを見て、歯がゆく感じるセラピスト。そこにリソースを豊富に持っているセラピストとリソースの貧弱な患者さんの運動システムの違いがあるのだろうと感じたりしました。



 つまりセラピストの運動システムはリソースが豊富なのでいくらでも探索の可能性を見つけ出してしまうのです。逆に重度麻痺の方ほど探索が短く素っ気なくなるのも、リソースが貧弱なためすぐに探索が終わってしまうからではないか。



 患者さんが探索を続けるためには新しく達成可能性のあるリソースが加わるか、それを発見する必要があるのだ、と。時にセラピストの工夫したリソースやアドバイスが探索を再開させるのはこんな背景があるのだと思います。分かりにくい話だったらごめんなさい(^^;(その8に続く)

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システム論の話をしましょう!(その5)

目安時間:約 4分

システム論の話をしましょう(その5)
 前回は「素朴なシステム論的アプローチ」というアイデアを説明しました。これは真面目に経験を積み重ねたり、センスの良いセラピストなら自然に到達することができるシステム論的なアプローチです。今回からは「外部から作動を見るアプローチ」を紹介します。これは科学的研究に基づいており、もう個人の臨床経験だけでは到達するのは困難なレベルとなります。



 さてその話を展開する前に、しつこいようですがもう一度、僕たちが学校で習っている視点を振り返ってみます。これからシステム論への理解を深める上で大事なことなのです。



 僕たちが運動システムを理解すると言うことは、外部から姿勢や運動の形とその変化を見ていきます。そして目に見える構造と働き(筋や骨、関節、その他の内臓など)に姿勢や運動の形の変化を結び付けて理解するのでしたね。



 一方システム論では、外部から観察される姿勢や運動の変化を身体構造に結び付けるのではなく、運動システムの作動に結び付けるわけです。つまり運動はどのように生じ、どう維持され、問題はどのように生じているかという視点で運動や運動変化の状態を見ていくわけです。前回素朴なシステム論的アプローチの第二段階で、身体が環境などと相互作用して慢性痛の安定した状態にあると述べましたが、これはまさしくシステムの作動によって生じた状態を見ているわけです。



 僕たちが学校で習っている視点(要素還元論)とシステム論の一番異なっているのはこの点です。要素還元論では運動問題が起きると、目に見える構造や要素(筋力や柔軟性など)に原因を求めます。しかしシステム論では構造や要素より運動システムにどのような作動が起きてどのような状態が生まれているかを見ていくのです。つまり様々な要素の相互作用の結果生じているのはその状況だからです。まあ作動を見ていくのですが、作動自体は見えないのでその結果として起こる状況や状況の変化を見ていくことがシステム論の特徴です。



 もっと言えば要素還元論では、問題が起きるとwhy?(なぜ?)と問を立てて要素や構造に原因を探し、その原因となっている要素や構造を何とかしようとします。



 一方システム論では問題が起きるとhow?(どのように?)と問いを立て、どのような作動、つまりどのような状況で問題が起きたかを探るのです。問題解決は問題が起きるその状況を変化させる、つまり別の良い結果が出るような状況変化が起きる様に試行錯誤をすることになります。(これについての詳しい説明は拙書「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版 をご覧ください)



 結局システム論と要素還元論との根本的な違いは、説明の焦点をシステムの構造に当てるか作動に当てるかの違いであると言えるのではないかと思います。



 素朴なシステム論的アプローチにおいても、やり手のセラピストたちは言葉にはならなくても、システム論的な視点を経験を通して身に付けているわけです。そしてしばしば要素還元論とシステム論の視点を行ったり来たりしながら渾然とした思考の中で問題解決をしているわけです。



 さて、この点を踏まえて次回から「外部から作動を見るアプローチ」を具体的に説明します。この代表的なアイデアは「動的システム論」や「生態学的アプローチ」とそれを基にした「課題主導型アプローチ」になります。(その6に続く)

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システム論の話をしましょう(その2)

目安時間:約 3分

 最初は素朴なシステム論的アプローチを説明しましょう。
 これは「ある現象は様々な要素間の相互作用から起きてくる」というアイデアでまとめられるアプローチです。



 「なに?そんなの珍しい考えでもなんでもないじゃん。誰だってそう考えてるよ」と言われそうです。確かに世の中の出来事はたくさんの要素の相互作用と考えることが妥当ですし、常識的に思えます。でも意外に思われるかもしれませんが、問題解決という点から考えると世の中というのはそうでもないのです。



 たとえばテレビのニュース番組を見ていると事故や事件の報道をします。そうすると専門家の先生が出てきます。そしてアナウンサーが「先生、今回の事故の原因はなんでしょう?」と尋ねると先生が少し得意げに「今回の事件の原因はですね、・・・」などと喋ります。それを受けてアナウンサーは「ではその問題の原因を解決するためにはどうしたら良いでしょう?」と聞くと先生はますます胸を張って「エッヘン、それはですね・・・」と問題解決の方法をしたり顔で説明します。するとアナウンサーが納得顔で「では早急にそのような問題解決を図ることが必要ですね」と結論し、見ている視聴者も「フムフム」と納得したりするわけです。ごく普通のことでしょう?



 つまり世間一般では「問題を解決するためには、ある特定の要素なりできごとを原因として突き止め、問題と原因に因果の関係を想定し、その原因にアプローチすること」が当たり前に考えられているのです。そのように因果の関係を想定することが問題解決に関する代表的な方法と考えられ、常識になっているのです。



 逆にある問題が様々な原因の相互作用から起きていると考えると、問題解決の糸口が見えにくくなって、明確な問題解決が図れないと考えられているのです。



 これは僕達、医療あるいはリハビリテーション(以下単にリハビリと略す)の分野でも同じですよね。(その3に続く)

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システム論の話をしましょう!(その1)

目安時間:約 3分

システム論の話をしましょう!(その1)
 システム論と一言で言ってもいろいろなものが存在します。様々な視点、様々な枠組み、様々な分野・目的などから生まれてきているからです。



 システム論を説明するために使われる有名なマトゥラーナの3つの分類、第一世代(動的平衡系)、第二世代(自己組織化)、第3世代(オートポイエーシス)ですが、これは我々臨床のセラピストにとっては難しいですし、「それがどうした?」という感じでもあります(^^ゞそれぞれの本を読んでも物理学の用語だったり、難解なアイデアが続々と出てきて読むのも嫌になってきます(^^ゞ



 かといってせっかくの面白そうなアイデアがあるのに僕たちの仕事に応用・利用できないのも悔しいですよね。だからここでは思い切って、自分なりの理解で、日常生活用語で、そしてシステム論を臨床で応用できるように興味のあるアイデアを取り出し、簡潔にまとめてみようと思うのです。つまりシステム論を臨床で僕たちの問題解決に使える道具として、簡単にまとめてみようと思っています。まあリハビリのセラピスト向けのシステム論の地図を作ってみようというのがここでの試みです。



 もちろんそのためには正確さや詳しさは多少なりとも犠牲になります。まあ現場ではデフォルメと簡略化された手書きの地図の方が道案内に役立つこともあるわけです。つまり詳しすぎる精緻な地図は現場で移動しながら目的地を探したり、現地で照らし合わせるのが大変だからです。目的に合った地図が必要と言うことですね。だから部分的に必要なアイデアを取り出して簡略なセラピスト向けの地図を作ってみるのも現場では大いに役に立つと思います。



 さてここで使われるのは西尾の分類(未発表)です。以下の通り。

  1. 素朴なシステム論的アプローチ
  2. 外部の視点から運動システムの作動を見るアプローチ(課題主導型アプローチ)
  3. 内部の視点から運動システムの作動を見るアプローチ(CAMR)

 どうかいろいろな意見や感想を頂けるとありがたいと思います。(その2へ続く)

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CAMRとは?(その7)

目安時間:約 2分

≧(´▽`)≦
みなさん、ハローです!


さて、従来的なリハビリが土台とする要素還元論に基づたアプローチを原因解決アプローチとして紹介しました。

これに対して、システム論に基づいたCAMRのアプローチは、状況変化アプローチと言えます。問題が発生している状況を変化させることによって、問題解決や状況改善を図ろうというわけです。

これだと、個々の問題の原因を気にする必要がありませんので、原因解決アプローチが効力を発揮できない場合でもまったく問題なく介入することができます。

例えば高齢者の転倒であれば、転倒が起こった時の状況を調べてみます。その結果、夜間にトイレに起きて歩き始めに転びやすいということがわかったとします。

それならば、この状況を変化させてみよう、というわけです。転倒という出来事に関連して、身体状況、覚醒状況、行動パターン、介助者の状況といったことや、家屋の構造やトイレまでの動線、家具や手すりなどの配置、寝具、照明、歩行補助具、着ている服や履物などなど、様々なことに介入可能性があり得るでしょう。

もちろん、下肢筋力の低下という状況があれば、ここにも介入可能ですね。

勘の良い方はもう気づかれたと思いますが、結果として状況変化アプローチは原因解決アプローチを包含してしまうことになります。原因解決アプローチは状況変化アプローチのある特殊なケースである、と言い換えることもできます。

続く・・・

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CAMRとは?(その4)

目安時間:約 2分

≧(´▽`)≦
みなさん、ハローです!


さて前回は、従来的なリハビリが要素還元論を、CAMRはシステム論をベースにしているという話でした。今回は、それぞれのアプローチの視点について見てみます。

拠ってたつ理論が異なれば、そこから導かれるアプローチも自ずと異なってきます。

従来的なリハビリが土台とする要素還元論では、全体を細かい要素に分けて、それぞれの要素を調べてどこに問題があるかを探っていきます。そして問題が見つかれば、その部分を改善すべく介入していきます。

例えば、よく転倒する高齢の方がいたとします。セラピストは各種情報収集をしたり、姿勢や動作を観察したり、必要と思われる個々の筋力や関節可動域、感覚などの要素を調べていきます。仮にここで下肢筋力の低下だけが顕著に見られたとしたら、これを転倒の原因と考え、この原因を解決すべく筋力トレーニングなどの介入を行なうかもしれません。

問題の原因を個々の要素に求め、それが見つかったならばその原因に対処して問題解決を図っていく。このようなアプローチをここでは「原因解決アプローチ」と呼ぶことにしましょう。

原因解決アプローチはある条件を満たす問題に対しては、抜群の効力を発揮する非常に優れたものです。

しかしながら、完璧なものなどこの世には存在しません。原因解決アプローチもしかりです。「ある条件を満たす問題に対しては」というところを理解したうえで使う必要があります。

それでは「ある条件」というのはどんなものなのでしょうか?

続く・・・

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