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今回は「リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?(その2)」です。
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リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?「その2」
「その1」の投稿へいくつか意見をいただきました。たとえば「運動余力の改善は当たり前としても、運動機能改善に偏りすぎているのではないか?」というものです。(なんだか厚労省の介護予防のご意見いただいたみたいです(^^))これについてはいろいろあるのですが、一つだけ紹介しておきます。
このアイデアを理解するためにはCAMRにおける「運動リソース」という言葉の意味を理解しておく必要があります。運動リソースは運動に使われる資源のことですが、普通は「からだ」のことをイメージされると思います。しかしシステム論を基にしていますので、システムは目に見える構造ではなく働きで考えられます。たとえば水溜まりでは水溜まりなりの、氷の上では氷の上なりの歩行の形が現れますので、水溜まりや氷が運動システムの一部として歩行を生み出していると考えられます。身体は真空中で動いているのではなく「環境」の中で「環境を資源」として利用しながら働いているのです。それで環境内のものや人や動物もその時々で運動リソースとなっている訳です。
たとえば家庭内にある手すりは、元気なおかあさんにとってはタオル掛けとして使用されますが、片麻痺のおじいちゃんにとってはからだのバランスをとるための大事な運動リソースとなります。手すりをからだのバランスをとるために使うには、それなりの運動スキルが必要です。(更に詳しくは講習会で)
電動車椅子は指先の動きを移動に変えるための運動リソースです。こう考えるとテクノロジーの進歩で新しい介護機器などが生まれてくるに連れて、運動リソースは無限に増えていきます。介護保険制度化で訪問介護が始まると、「介助者」という運動リソースも一時的に運動システムに参加する訳です。「運動余力の改善」が、世間で言う「運動機能改善(筋力や持久力の改善など)」とイコールにならないのはこのためです。(その3に続く)
(なお秋山が「リハビリはADLに対して何ができるのか?(その1)」というこのシリーズのスピンオフを開始していますので、そちらの方でも何かしら説明があると期待しています(^^))
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今回は「リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?(その1)」です。
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リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?「その1」
僕がPTとして介護保険施設で働き始めて5年が経ちました。働き始めた当初、クライエントのADL問題に関して介護スタッフから色々な質問や相談が寄せられました。どうも当施設の介護スタッフには「ADL問題の解決はリハビリの専門家の助言が絶対必要」といったイメージがあったようです。
当然僕がそれぞれのADL問題の解決に適切に応えられる訳がありません。たとえば機能改善が余り起きない重度の方の排泄では、オムツの選択やあて方の工夫などが必ず必要になります。介護スタッフの方が元々知識もあり、生活のほとんどの場面で世話をして状態に精通し、問題解決の様々な方略を生み出しやすい立場にあります。どう考えてもADL問題の解決は、介護スタッフが専門にするべきなのです。(結果、当施設の介護スタッフは現在「ADL問題解決の専門家」として非常に頼りになる存在になっていますv(^^))
となると実際1回20分、週数回の訓練しか行わないリハビリスタッフに何ができるでしょうか?
僕がCAMRの普及が必要と考えている一つの理由はここにあります。1回20分をどう有効に使えるか、使うべきか?CAMRが人の運動システムの作動の性質を明らかにして、進むべき道を示してくれます。以下のようなことです。
1.人は生まれながらの運動問題解決者。セラピストがクライエントに正しい運動方法を教え、管理する必要はありません。
2.人が今よりも問題解決者として能力を発揮するために必要なのは何か?それはより十分な「運動余力」です。運動余力とは豊富な「運動リソース」を基に発展させた多様な「運動スキル」であり、それらの運動スキルを上手く組み合わせて問題を解決する「運動方略」です。そして「運動余力」の改善なら1回20分のリハビリでできるのです。いえ、リハビリこそが最も有効になしえるのです。(「その2」へ続く)
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今回は「CAMRの簡単紹介(その4)」です。
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その4 根本的な解決を目指すのか、その場その時に達成可能な目標にアプローチするのか?
従来型のアプローチは、問題があるとWhyという疑問から始め、より根本的な原因を求める。そしてその原因そのものにアプローチしようとする傾向がある。もちろん根本的な原因にアプローチするのだから、根本的な解決法と考えられる。根本的解決! 万歳!
もちろん根本的な解決が図れるケースもある。しかし常に根本的解決が優れているからこれを闇雲に目指す、というのは実はとても危険である。根本的な原因の解決不可能なケースも多い。たとえば麻痺や小脳失調など。根本的な解決を目指すと、しばしば偽解決やユートピア・シンドロームの罠にはまってしまうことがある。(HPをご覧下さい)
これを防ぐには解決可能な原因かそうでないかを見極める知識と経験が必要で、そしてなによりも常に根本的な解決が優れている、という思い込みを見直すことだ。たとえば失われた機能を取り返す、という目標は本当に取り戻せるなら素敵だが、本当に取り戻せるのか?そのために今を犠牲にするのはどうだろう?
CAMRでは、常に焦点を今この場でできることに当てている。今この場でできることの積み重ねが、よりできる未来へつながる道ではなかろうか?いつ達成できるか分からない根本的な解決のために、今はできなくても仕方ないと諦めることはしないのである。
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今回は「CAMRの簡単紹介(その3)」です。
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その3 運動の形に焦点を当てない
従来型のアプローチが基礎としている運動科学は、形の科学ということが言える。佐々木正人さんは運動科学が映画技術の発達と共に進んだことを述べている。運動は映画フィルムの一コマ一コマに記録され、姿勢の変化として理解される。
実際運動を姿勢の変化として捉えると、運動の形を角度や速度で表しやすいし便利である。そして健常者の運動の形が基準になりこれが色々と数値化されたりする。
この形を見ていく運動科学の影響は現在でも強く、従来型アプローチでは運動を形で判断するということがよく行われる。健常者の運動の形からのズレが、障害の結果であると考えられる。逆に健常者の運動の形に近付くことが、障害が改善されていることの目安と考えられがちだ。形はとても大事に考えられているわけだ。
この枠組みでは、健常者の歩行の形を真似て、近づけていくことが当たり前のアプローチの方針になる。
一方CAMRでは、運動の形には焦点を当てない。歩行なら形ではなく、立位で環境内を移動するという機能に焦点を当てる。どんな形であれ、歩行という機能を生み出しているかどうかに焦点を当てる。この視点から見ると「状況に応じて歩行の形を変えてでも歩行という機能を維持しようとする」という人の運動システムの特徴が明らかになってくる。
この枠組みでは、運動の形を真似るのではなく、形は変化させてでも良いから、機能を維持することがアプローチの方針となる。
少し脇道に逸れるが、ドイツの友人から次のようなシステム論的アプローチの批判を聞いた。「システム論のアプローチでは、できさえすれば形はどうでも良いといったことが言われるが、それで良いのか?あなたが片麻痺になったときに、歩ければどんな形でも構わないのか?健常者の形で歩きたいと思わないのか?」まあ、難しい質問ではあるが、僕ならこんなふうに問い返したい。「もし健常者のように歩けないなら、もう歩きたくないのか?歩かなくて良いのか?」
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プロの運動問題解決者になれ!
Be a Professional motor-problem solver!
僕たちの仕事は、患者さんの運動問題を解決することだ。もちろん簡単な仕事ではない。リハビリの無力さを感じることも多いし、自分では最善を尽くしたつもりでも患者さんから不満を言われることもある。「全然戻っていない」とか・・・ つい愚痴なども言いたくなるが、それでも「おかげで良くなった」などと言われると、もうこの仕事が好きで堪らなくなったりもする。
僕たちの現場でよく見る問題解決の問題は、間違った因果関係である。
たとえば「脊髄性失調症では、手足の随意性が低下するが、検査してみると深部知覚低下がその原因である。だからフレンケル体操で深部知覚をトレーニングすることが効果がある」といった内容である。どこがおかしいかおわかりだろうか?プロの運動問題解決者になるならこの論理の矛盾にすぐに気がつくようになる必要がある。
哲学者の大森が用いた次のような例で説明しよう。
イカヅチがピカッと光って、ゴロゴロという。するとイカヅチが原因でゴロゴロがその結果のように思われがちだ。しかし本当の原因は、空中での放電現象である。その結果、イカヅチがピカッと光り、ゴロゴロと鳴る。つまりどちらも結果である。結果同士の間に間違った因果の関係を想定してしまうのだ。
同様のことが脊髄性失調症にも言える。原因は脊髄細胞が壊れたことだ。その結果、深部感覚の低下と随意性の低下が現れる。つまりどちらも結果であり、結果同士の間には因果関係は存在しない。
これの矛盾は、「深部感覚の低下はフレンケル体操で改善できる」と考えていることだ。つまりこれの意味するところは、「フレンケル体操で壊れた脊髄細胞の機能は改善する」と言っているわけだ。でもこれは無理な話だ。
このような因果関係の矛盾は脳性運動障害やパーキンソンなど中枢神経系の障害ではよく見られる。つまり中枢神経系の作動はまだよくわかっていないので、間違った因果関係を見てしまいがちなのだ。
だがプロの運動問題解決者は、それがわかったからと満足するわけにはいかない。というのも間違った因果関係でのアプローチでもある条件がそろうと、不思議に状況が改善することもある。これが脳性運動障害に多様なアプローチが乱立する理由だ。
これは何かしらのアプローチをして、状況変化の種を作り、これにある拘束条件がそろうと良い状況変化が起こると解釈できる。もちろん同じアプローチをしても、負の拘束条件が揃うと却って悪い状況にもなる。これが人の運動システムの作動の不思議さでもある。人の運動システムの作動にはある性質があり、そのためにそのようなことが起こるのだ。
簡単に言えばプロの運動問題解決者になるには、問題解決の方法について学ばなければならないし、更に運動システムの作動の性質についても詳しく学ぶ必要がある。そうして初めて効果的にアプローチを行うことができるようになるのである。
そしてもうじきネット上でのCAMRの勉強会が始まります。
【プロの運動問題解決者になろう!】 近・日・公・開!乞うご期待!!
プロの運動問題解決者Professional motor-problem solverになろう!
-プロの運動問題解決者になるためには
僕たちセラピストはプロの運動問題解決者である。他人の運動問題を解決することを生業(なりわい)にしている。僕たちの仕事の場合、根本的な解決は無理であることが多いが、それでもその問題がより軽くなるよう、より良い状態になるような問題解決を目指すことが必要である。
そのために必要なのが問題解決の手段である。少なくとも二つが問題解決の手段としてよく知られているが、それらの長所・短所の理解は必要である。
学校では要素還元論を基にした問題解決方法を習う。これは問題が起こると、その問題の原因を探る方法だ。運動問題なら、運動の構成要素、つまり筋力・可動域・感覚・バランスなどと要素毎や部位毎に分けて どこに原因があるのか探る。次にその原因と問題との間に因果の関係を想定する。そしてその原因にアプローチするのだ。しかしこの方法は非常に有用ではあるが、万能ではない。
たとえば脳性運動障害では脳細胞が壊れることが原因だが、今のところリハビリで脳細胞やその機能を再生することはできない。つまり原因がわかったからといって解決できるわけではない。
また慢性痛のように様々な要素が関係し合って問題が形成されていると、一つの原因だけにアプローチしても大きな変化は起きない。問題はその一つの要素だけでなく他の要素も影響し合って生まれているからだ。
だからプロの運動問題解決者としては、他の問題解決方法も身に付けて、状況に応じて使い分けるのが良い。
CAMRで勧めているのは、システム論を基にした状況変化アプローチである。問題が起こる状況を変化させて少しでも良い状況を作り出すことを考えるのである。CAMRには状況を変化させるための理論と技術がある。視点を全く変えることで意外な解決方法を生み出したり、今、この場でできる事をできるだけ沢山見つけてそれを積み重ねていったりする。マヒや認知症は治せなくても、状況変化は必ず起こせるのである。
こうしてセラピストとして2種類の問題解決手段を持つことになる。学校で習った原因を探して原因にアプローチする方法と状況を理解して状況を変化させるアプローチである。どちらの方法にも長所と短所があるので、それを熟知して、状況に応じて適切に使い分けられるようになればプロの問題解決者としての力量はそれまでとは比べものにならないくらいアップするだろう。
CAMRでは、ようやく、ようやくネット上での情報提供の準備が整ってきました(^^;近・日・公・開!乞うご期待!!
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その2 障害に焦点を当てない2013/9/21
従来型アプローチは、運動機能低下の原因を求めて障害に注意を向けていきます。脳性運動障害では思うように身体が動かず、過緊張や低緊張の状態が見られます。この原因は「脳細胞の傷害にあり」などと言って、「脳細胞の働き」にアプローチしようとします。
こうして日本では1970年代に「脳性麻痺は治る」という熱狂に包まれます。でも現時点でも、脳の機能的代償や構造的再生について明確に効果を示しているものはありません。今本的原因にアプローチすれば、根本的な解決になると思われがちですが、40年以上、解決の見えないアプローチになってしまっているのです。
また「その1」でも述べましたが、たとえば特定の筋力低下のある筋を探し出して、その筋を鍛えれば良い、と言うのは「障害に焦点」を当てているためにどう鍛えるかについては無関心になってしまいます。
CAMRでは、「障害に焦点を当てる」代わりに、最初から人の運動システムの「作動に焦点を当てて」います。例えどのような障害がどの程度あるにしろ、人の運動システムとしてどう作動し、どのような機能と結果を生み出すのかを見ていきます。
そうすると、その作動を理解する上でどうしても知っておくべきことがあります。それが「システムをどう捉えるか?」と言うことです。しばしばシステム論理解の邪魔になっているのは、このシステムが何か?ということです。
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西尾です。CAMRの簡単紹介
その1 運動機能低下の原因を探らない2013/9/14
従来型のリハビリテーションアプローチでは、まず障害(失われたあるいは低下した運動機能)に焦点を当てて、障害の原因を探っていきます。簡単に言うと「できないこと」に焦点を当てて、その「原因」を見つけ、その原因にアプローチしようとします。
たとえば「最近歩きが不安定で転けやすい」の原因は「特に下肢の筋力低下」としたとします。そうすると下肢の筋力強化を行うわけです。この流れの中では、下肢の筋力を強化すれば良いので、下肢の筋力の強化の方法は特に規定されません。座ってゴムバンドを使ったり、重りを使ったり、マシントレーニングを用いたりします。
一方、CAMRではこのようなアプローチを取りません。まず健常者の運動システムの特徴を基に、ひたすら運動余力を豊富にすれば良い、と考えています。従って機能低下の原因を探るような評価はしません。現在の運動機能を評価し、その残った機能が改善していくようにアプローチします。
アプローチの方法も健常者の運動システムの特徴から、「運動余力は必要とされる運動課題を中心に改善する」と考えます。これまた簡単に言うと「最近歩きが不安定で転けやすい」クライエントが来られると、立位での挑戦的ではあるが達成可能な運動課題を繰り返し、あるいは少しずつ変化させながらやっていただきます。
人の運動システムの特徴から言って、歩行に必要な運動能力・余力は立位を中心とした様々な運動課題で作られるのであって、座位では作られないと考えています。
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今回は「オートポイエーシスを読む!(その6;最終回)」です。
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オートポイエーシスを読む!(その6;最終回)2013/3/16
さあ、オートポイエーシスの世界の散策に出かけましょう!
前回例に挙げたような神経システムの振る舞いを外部から観察した場合、ある刺激に続いて何らかの反応があれば、僕たちはそこに因果関係を想定してしまいがちです。ある刺激が原因となって、ある反応が結果として出現した、というふうに。
しかしオートポイエーシス理論では、そのような因果性を徹底的に排除しようと試みます。そこで、外部にあった観察者の視点を、システムそのものに移してみます。
そうすると、前回書いたように「神経システムの作動で行われることは、神経システムの構成素を産出・再産出するだけであり、システムはそれ自体の同一性を保持するように自己内作動を反復するだけだ」という捉え方が可能になります。
神経システムにとってみれば、その作動の要因については内部も外部も区別がありません。神経システムからみれば、環境との関係で区画されるような境界はなく、したがってその境界をもとに想定されている入力も出力もないことになります。
神経システムの状態変化において、内的原因と外的原因の区別が成り立つのは、有機体を単位体として捉え、境界を特定することによって内部と外部を定義する観察者にとってだけなのです。
このことを踏まえると、CAMRホームページで紹介されている、潜水艦の喩えが理解しやすくなると思います。
今回で、オートポイエーシスを読む!シリーズは最終回となります。これまで読んでくださった方々、どうもありがとうございました。
今回参考にした書籍を以下に挙げておきます。なかなか難しくてよくわからないことも多いのですが、興味がありましたら、是非読んでみてください。
1)ウンベルト・マトゥラーナ、フランシスコ・バレーラ;「知恵の樹」,管 啓次郎訳,朝日出版社,1987.(文庫本にもなっています。ちくま学芸文庫,1997.)
2)H.R.マトゥラーナ、F.J.ヴァレラ;「オートポイエーシス 生命システムとはなにか」,河本英夫訳,国文社,1991.
3)河本英夫;「オートポイエーシス 第三世代システム」,青土社,1995.
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今回は「オートポイエーシスを読む!(その5)」です。
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オートポイエーシスを読む!(その5)2013/3/6
さあ、オートポイエーシスの世界の散策に出かけましょう!
「入力も出力もない」ということについて、神経システムを例に挙げてみましょう。神経システムは、感覚器表面において絶えず環境からの刺激を受けています。一般的には、この刺激に対処するように神経システムが作動すると考えやすいのですが、これは「入力も出力もある」システムにおいての捉え方になります。
一方、「入力も出力もない」システムでは、環境からの刺激に対処するように神経システムが作動しているのではない、と捉えます。神経システムの作動で行われることは、神経システムの構成素を産出・再産出するだけであり、システムはそれ自体の同一性を保持するように自己内作動を反復するだけだといいます。
ここで箴言に立ち戻ってみましょう。
「いわれたことのすべてには、それをいった誰かがいる」
人が何かについて語ったり記述した場合、そこには必ず観察者の視点というものがあるのでした。
…続く
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