大森荘蔵を読む!(その3)

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今回は「大森荘蔵を読む!(その3)」です。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆


大森荘蔵を読む!(その3)



大森は因果連関が成り立つための条件として3つ挙げています。
(1)時空連続
(2)恒常関係
(3)それによる現象移行の必然性



 まず(1)時空連続から見てみましょう。
 ある現象が起こった事情を調べることは、その現象の歴史を調べることになります。例えば、重い肺炎が快方に向かったとして、その歴史を探索します。飲んだペニシリンが消化器を通りそこの壁から血液の中に移動し、血液と共に肺の炎症部に到達し、そこで病原菌と化学結合をしてその化学的性質を変え、こんどはそれが肺の細胞との化学作用をかえて、僕たちが炎症と呼ぶ状態を正常なものにしたとします。


 このように、ペニシリンの投入から炎症の消失に到る隙間のない歴史が明らかになったとき、僕たちは回復という現象を理解したと一応言うでしょう。



 これは一つの時間空間的に連続した記述です。ある現象が他の現象を引き起こす、あるいは他の現象に作用を及ぼすためには、この二つの現象の間に時間上および空間上連続したつながりがなくてはならないわけです。


 夜と昼の間に因果連関があるもの、漸次回転していく地球上の一地点が太陽との位置関係を漸次かえてゆくという、時空的に連続した現象の中にあるからです。稲妻と雷鳴がいずれも、雲と雲あるいは雲と地面の間の放電現象の因果連関の一部と言えるのも、それらが時間的空間的に連続しているからです。



 もし時空連続がなければ、両者の間につながりを想定することは普通はできません。例えば南北戦争時代にアメリカで見られた稲妻と、昨日の夜下関で聞いた雷鳴との間に関連があるとは、通常は考えられないでしょう。



 このような時空的な連続は因果連関の必要条件だといえます。しかし、これだけでは十分条件とは言えないようです。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版



【CAMR入門シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①
西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②
西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③



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大森荘蔵を読む!(その2)

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今回は「大森荘蔵を読む!(その2)」です。



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大森荘蔵を読む!(その2)



 哲学というと小難しく感じるかもしれませんが、秋山副代表の言う通り「ものの見方」と捉えれば、結構お気楽に楽しめます。「ああ、こういう考え方もあるのか!」「こういう考え方をしてもいいんだ!」といった新鮮な発見があった時は、とても嬉しくなります。



 CAMRにおいては、「理論は道具」と考えています。極端に言えば、ある理論が正しいかどうかは気にしません。ましてや真実かどうかなんて誰にもわからないことも意に介しません。臨床で役に立てば良しとします。


 前置きが長くなりましたが、また前置きが始まります・・・。



 リハビリの臨床現場では何らかの障害があった場合、その「原因を考える」ことが重要だとされています。例えば活動レベルに問題があった場合、Impairmentレベルにその原因を求めていくわけです。これは要素還元論と言う、とても有効で強力な方法論です。実際この方法論は、「我思う、ゆえに我あり」で有名な近代哲学の父、ルネ・デカルトによる心身二元論をベースに益々発展し、17世紀の科学革命や18世紀から19世紀の産業革命に多大な貢献をしたと言われています。



 しかし、そんな大成功をおさめた要素還元論ではありますが、必ずしもいつもうまくいくとは限りません。特にその作動の仕組みについてよくわかっていないシステムにおいて、要素還元論を用いて単純に因果関係を想定すると、間違った結論を導いてしまう可能性があります。丁度、CAMRホームページ「人の運動変化の特徴 その5 因果関係の罠(その1)」に紹介されている、ビアによる自動車の例のように。



 僕たちは結構気軽に「○○の原因は××だ」と言ったりしていますが、実はこのような原因結果の概念は混乱の元になる、と大森は言います。CAMRホームページ「人の運動変化の特徴 その6 因果関係の罠(その2)」に紹介されている、稲妻(ピカッ)と雷鳴(ゴロゴロ)の関係もその一例と言えるでしょう。



 これらはいずれも雲と雲、あるいは雲と地面の間の放電現象の一部で、一方は電磁波として、一方は空気振動として僕たちの五感に達します。本来どちらが原因でどちらが結果とは言えないものなのですが、通常僕たちは時間差を持って、稲妻(ピカッ)→雷鳴(ゴロゴロ)の順に体験するために、ついついそれらを原因と結果に結び付けて考えてしまうようです。



 大森は混乱を避けるために、原因結果の概念の代わりに「因果連関」という言葉を用いています。この言葉は、原因→結果といった明確で直線的な関係ではなく、もう少し緩やかなつながりを想定しているものと思われます。しかし厳密に見ていくならば、この因果連関が成り立つことでさえ、かなりのハードルをクリアしなければならないようです。



 ここではとりあえず、大森荘蔵著作集 第二巻「前期論文集Ⅱ」,岩波書店,1998.より「決定論と因果律」「記号と言語」あたりを参考に紹介してみようと思います。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



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大森荘蔵を読む!(その1)

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大森荘蔵を読む!(その1)


 CAMRホームページのQ&A、3の冒頭に「哲学者の大森荘蔵氏によると~」とさりげなく名前が紹介されています。例によって簡単に紹介を試みようと思います。



 難しいことはよくわからないのですが、大森哲学を貫いている「自分の頭で徹底的に考え抜く!」という姿勢と、その実践の凄まじさには度胆を抜かれます。極限まで考え抜かれた言葉の一つ一つが、圧倒的な凄味を帯びて迫ってきます。「人間はここまで考えることができるのか!」とただただ驚嘆するばかりです。



 畑違いでご存じない方も多いと思いますので、まずは略歴をWikipediaから引用させていただきます。



 岡山県生まれ。府立一中などを経て、1944年 東京帝国大学理学部物理学科を卒業。その後1949年 東京大学文学部哲学科を卒業する。
 1945年、海軍技術研究所三鷹実験所勤務。当初は物理学を志すも、科学における哲学的問題を問うため、哲学に転向。はじめ現象学などを学ぶが、満足せずアメリカに留学。ウィトゲンシュタインの哲学や分析哲学をはじめとする現代英米圏の哲学から大きな影響を受ける。
 帰国後、1953年、東京大学講師に就任。さらに留学後、助教授を経て、1966年、東京大学教養学部教授(科学史・科学哲学科)。これまでの日本の哲学研究が学説研究・哲学史研究などの文献学に偏りがちだったが、「哲学とは、額に汗して考え抜くこと」という言葉のもと、60年代以降に大学で学んだ人たちに直接・間接に大きな影響を与え、野家啓一、藤本隆志、野矢茂樹、中島義道ら現在第一線で活躍中の数多くの日本の哲学者たちを育てることとなった。1976年、東京大学教養学部長就任。翌年、辞任。1982年、放送大学学園教授。1983年、放送大学副学長就任。1985年辞任。



著作:
『言語・知覚・世界』
『物と心』
『流れとよどみ―哲学断章』
『新視覚新論』
『知の構築とその呪縛』
『時間と自我』
『時間と存在』
『時は流れず』
『大森荘蔵著作集』全10巻(岩波書店) など



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リハビリはADLに対して何ができるか? その4

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今回は「リハビリはADLに対して何ができるか? その4」です。



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リハビリはADLに対して何ができるか? その4
~「割り切る」ことで活路をみいだす~



 秋山です。前回できれいに終わったので、蛇足という気もするのですが書いちゃいました。ずっとしっくりこなかったことがやっと居場所を見つけた、というところです。


 クライアントは障害を負っても自律した運動問題解決者、そして何が問題なのか、何を目標とするのかを決めるのはクライアント。この2つはCAMRの重要な出発点です。その上でセラピストの仕事は、クライアントの思いに寄り添い、運動余力を高めるとか、環境リソースの調整などをして達成のお手伝いをすることです。時には別の視点を提供したり、無理だなと思えることには代案を提示したりします。



 身体障害に対する医療的リハビリテーションに携わるセラピストとして、クライアントが「上着が着られるようになりたい」(少なくとも「着られるにこしたことはない」)と思っている場合にはできることがあります。しかし、「お父さんはできるのに家では着替えようとしない。家でもできるようにしてください」という希望に対してできることとは何でしょうか。そもそも私たちはそこに関わること自体できるのでしょうか。



 身体的な理由ならば、いくらか工夫の余地はあるかもしれませんが、クライアントの価値観に対してセラピストが直接関わることはできません。するべきものでもない。



 ADLに関して運動問題と価値観の問題とが混同していると私は思います。服の着方や食事のとり方というような動作の問題と、その人が生活の中で現実にどう実施したいと思っているのか、何を良しとするのかという問題。セラピストが自分にできることとできないことを区別しないと、ユートピアン・シンドロームに陥ってしまいます。クライアントの価値観に関わることのできるセラピストというのは憧れるかもしれませんが、一介のセラピストにそんな技量はありません。私たちはクライアントの力を信じて、「体が動けば心が動く」ことを信じて、運動余力を高め環境リソースを調整するしかないのです。



 「物の操作」という視点から、今までCAMRのサイトに出てきている課題よりも違う形の課題を通してできることはあるのですけどね。



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リハビリはADLに対して何ができるのか? その3

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今回は「リハビリはADLに対して何ができるのか? その3」です。



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リハビリはADLに対して何ができるのか? その3
~セラピストは何を見直すか?~



 秋山です。その2で「状況が変われば結果も異なる。セラピストが結果をコントロールすることはできない」と書きました。なら、それぞれの状況下にセラピストが入り込めば良いではないか、と考えられます。病棟ADLに対してアプローチするのなら病棟での実際のADLの時間帯に、家でのADLならば家に出向いて。CAMRはこの考え方自体を否定するものではありませんが、場面を変えても従来の考え方でのADL訓練では効果が出にくいとみます。


 CAMRで言いたいのは、管理的なADL評価や訓練では効果が出ないということです。自らが「管理的にやってます!」と公言することは少ないでしょうが、クライアント中心を旨としながらも、現実の訓練は知らず知らずのうちに管理的になってしまっている可能性もあります。



セラピスト「じゃあ、上着を着る練習をしましょう」
クライアント「えーっと・・・」、セ「この前、やり方を覚えましたよね。まずは?」
ク「右手?あれ?」
セ「左手からですね。こう持って、こっちに・・・」
ク「ああ、そうだった。次はこうで・・・」
セ「そうそう」、(一応着て)セ「後ろがたくれてますね(と、キュッと引き下ろしてあげる)。はい、ではもう一度やってみましょう」



 こんな例はありませんか?この場面そのものが悪いというのではありませんが、これを繰り返すことと、クライアントが自律した日常生活を送れるようになることにギャップを感じた方、講習会で語らいましょう(^_^)



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リハビリはADLに対して何ができるのか? その2

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今回は「リハビリはADLに対して何ができるのか? その2」です。



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~「訓練が生活に活かされない」とは?~


 秋山です。ADL訓練でできても実生活でできないということがあります。病棟スタッフから「もっとリハビリでやって」と言われたり・・・。よく困りましたし困っています。でも、それは本当に"問題"なのでしょうか・・・。



 訓練でのADLと病棟でのADL、そして家でのADLは、全く別の活動です。たまたま結果が一致することもありますが、一致する必要は無いのです。同じ動作(例えば更衣とか)でも、場面(=状況)が異なれば結果が異なることもあります。



 例えば、訓練ではセラピストの監視下、時々口答指示では何とか更衣できる方が、病棟ではちょっとやって難しいと「疲れたから手伝って」スタッフ「できることは頑張ってやりましょう。もっとリハビリで指導してもらわなきゃね」と更衣が自立していないという問題になる。家では、じっと待っておけば、妻「はいはい、服着るわよ」と着せて何事もなかったかのように家事に戻り「早くご飯食べちゃってよ。片付かないから」



 訓練場面と家では状況が異なります。行為者は自律した運動問題解決者として、その状況に応じた自分なりの課題達成を図ります。セラピストが結果をコントロールすることはできません。



 では、ADL訓練に意味はないのでしょうか?いやいや、やはり私達はADLを手放してはならないのです。続く。



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CAMR入門シリーズ③ 正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性

目安時間:約 4分

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システム論の話をしましょう!」「治療方略について考える」に続いて、CAMR入門シリーズの第三弾が出版されました!



西尾 幸敏(著)「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③



本書はCAMR入門シリーズの第三弾となります。今回は「ピリッ」とスパイスのきいた内容です。



本書では「正しさ幻想」として、セラピストが比較的陥りやすい盲点を指摘しています。具体的には二つ挙げており、一つは「正常運動」とも呼ばれる、健康な若い人が実験室の中という普段の生活ではあり得ないような特殊な状況で行なった運動を「正しい運動」としてモデルにすることについて、そしてもう一つは、脳卒中治療ガイドラインなどに代表されるような、EBMを背景にしたプログラム選択の指針について言及しています。



どちらも適切に用いればとても有益なのですが、動作分析に際しては運動の形の奥にあるものへの眼差しの必要性を指摘し、プログラム選択にあたってはしっかりと状況を見て自ら考えることの大切さを訴え、いずれの場合にもただ頭から盲信してしまうことへの注意を呼び掛けています。



僕は人一倍思い込みが強く頑固な方なので、このあたりのことには本当に苦労した記憶があります。読者のみなさまにおかれましても、盲信の罠にはまっていないか、ぜひ一度自らの臨床を省みる時間を持っていただきたいと思います。



Camrer(カムラー:CAMRを実践する人)の一人として特に興味深かったのは、第3章から第4章にかけて、具体的な症例を挙げて説明している部分です。


なかでも、脳血管障害後の筋緊張の亢進を患者さんによる「問題解決」と捉えているところは、CAMRの真骨頂といっても過言ではないでしょう。なぜなら、脳血管障害後の筋緊張の亢進は通常「症状」と捉えられているからです。そのような常識を前にしながら「問題解決」と捉えることは、理論を道具と考え、システムを内部から観察するCAMRの視点をもって初めて可能になります。


(CAMRの視点をもう少し詳しく知りたい方は、CAMRの基本テキスト西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版をご参照ください)




目次
CAMR入門シリーズ③ 正しさ幻想をぶっ飛ばせ! ~運動と状況性~
この本について
目次
第1章  「たった一つの正しさ」を追い求める社会病理
1.巷にあふれ返る「正しさ幻想」
2.正しい歩き方? ~セラピストが出会う「正しさ幻想」
3.運動は真空中で起きているのではない
第2章  運動と状況性
1.患者さんからの怒号を浴びて
2.状況の中での運動
3.健常者の歩行の特徴は、形ではなくその作動にある
4.前節の補足説明 ~疑問の声にお応えして
第3章  「正しさ幻想」が招いた悲劇
1.正しいアプローチ?
2.症例紹介
3.ガイドラインに沿ったプログラムではあるが・・・
4.いろいろなところに潜んでいる盲信の罠
第4章  CAMRの視点
1.運動システムの作動原理
2.症状か?問題解決か?
3.問題解決方略を見抜け!
4.多要素多部位同時治療方略
5.理論は道具、状況に応じて使い分ければ良い
6.正しさ幻想をぶっ飛ばせ!
編集後記
CAMR研究会について
著者紹介
著書



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俺のウォーキング:理学療法士らしく(その2)

目安時間:約 5分

俺のウォーキング:理学療法士らしく(その2)


 前回は俺の健康問題と膝痛問題の紹介で今回もその続きである。


 膝痛時の探索歩行は、歩行時の膝痛をなんとかしたいと始めたものだ。一応要素課題として、足・膝・股関節周辺のリリースとストレッチを行う。そして痛みを軽くする。時間があるときは、板跨ぎ(板の上に置いた患側下肢で支えながら、反対側で様々に跨いで戻る運動)やつま先立ちなどの等尺性の収縮運動課題も行う。その後、歩行速度や荷重の仕方、足を置く位置を少しずつ工夫しながら、痛みの減る、あるいは痛みの消える歩き方を探していくのである。


 通常膝の痛みがあると、痛みに対して保護的に脚を硬くして、かたくなに大地との接触を恐れ、避けようとして、接触時間を短くしようとするものだ。


 しかし人は元々無限に変化する大地を適応的に歩いてきたのである。それは無限の変化に対して、実に多様な体重支持や重心移動のスキルによって荷重・重心移動・振り出しを行ってきたからである。人の運動システムは無限の変化を起こして、適応してきたのである。だから本来同じように見えても膝を支えながら重心移動するスキルは無限に存在すると考えて良い。だからそれらの中には痛みを軽くするスキルが必ず存在すると信じて探すのである。


 つまり俺の場合は大地を避けるのではなく、逆に膝と大地が痛くないように一体化するような試みをするのである。絶え間なく大地との会話を行うようにしたのである・・・こういう表現をすると自然派宗教の教祖みたいでイヤだが、これが俺のリアルに一番近い表現なので仕方ない。


 実際比較的軽度のデイケア利用者でも、足・膝・股関節回りの柔軟性を改善した後に、色々試して歩いてみるとかなり痛みが軽くなったり、消えたりする歩き方を発見することができる。そしてそれを繰り返すのである。ポイントは最初に徒手療法で痛みの感じを変えることと、「痛くない歩き方が必ずあります」と囁くことである(^^; さらにこのとき大事なのは、たった一つの良い歩き方を見つけることが目標ではなく、その時、その場で楽になる歩き方を見つけることである。


「前回はこうやったら良かった」と考えることは参考にはなるが、それで必ず良くなる訳ではない。前回と今回では状況が異なるからである。だから良い歩き方を見つけてそれを覚えるのではなく、その時、その場で楽な歩き方を探索するやり方を発見、身に付けることである。


 これは認知症の比較的軽い高齢の利用者さんでもやり方を教えると同じような経験を報告してくれる。もちろん前提としてはある程度運動リソースに余力のある方である。(詳しくはCAMRの講義や動画などで)


 またこれは今回の「俺のウォーキング」でも大変役に立った。寒くなったりすると不意に膝痛が出てくることがある。また歳をとると、不意に思わぬところが痛んだりもする。そんな場合にも僕はすぐに探索歩行を始めるのである。探索歩行を始めてもう20年になる大ベテランである。だからほとんど無意識に探索歩行を始める。最近は「あれ、痛いな」と思うだけで、どうやっているのか知らないが運動システムが勝手に痛みのない歩き方をすぐに見つけてくれるようになっている。


 そしてこの「要素課題によって運動リソースを豊富にし、板跨ぎや探索歩行などの課題スキル学習で運動スキルを多彩にする」というこの二本立てのアプローチの内容が後にCAMRの骨格となったのである。(その3に続く)♯持続可能な社会のために!今、この場でできる事を考えてみよう!


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リハビリはADLに対して何ができるのか?(その1)

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今回は「リハビリはADLに対して何ができるのか?(その1)」です。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆


  秋山です。前の記事「リハビリは1回20分の訓練で何ができるのか?」のスピンオフです(^_^)



 ADLにどう関わるかは、西尾さんとしばしば議論するところでした。と言うより、「そうは言ってもねぇ・・・」と私が口ごもる状況でしたが。



 話を聞いて、腑に落ちる自分とそうは言ってもそれで良いのだろうかと戸惑う自分。前者は上手くいかなかった経験から感じ、後者は多分私が作業療法士だから「生活に深く関わらねば」という意識から考えることです。多くの方が「20分の訓練でなにができるか?その1」を見てくださっていますが、納得しつつもリハビリスタッフはADLを手放してしまっていいのか?と思う方もおられるのではないでしょうか。



 CAMRは、かつて批判された「クライアントの生活には目を向けず、訓練室で運動のことばかりやって結局クライアントの行動変化は見られない」状態に戻ろうとしているのではありません。「介護職がADL問題解決の専門家」とみなすことは、「チームとしてクライアントの課題達成を支えるとき、専門職としての役割を果たす」ことを放棄するものではありません。回りくどい言い方になってしまいましたが、ADLに対して今までとは違う支援のあり方があるのではないか、その方が現状に即しているのではないかと考えています。


 ADLに対するCAMRの公式見解が定まっているわけではないので、CAMRとOTの関係性が課題である私の意見になるのですが、ADLを状況的に見るとどうなるかを書いていこうと思います。その2に続きます。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆


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リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?(その3)

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今回は「リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?(その3)」です。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



リハビリは、1回20分の訓練で何ができるのか?「その3」



 「その1」では、リハビリスタッフこそが「運動余力」を最も有効に改善できる専門家である、と述べました。また「その2」では「運動余力の改善」と「従来の運動機能改善」とは違っていることを説明しました。


 さて、では実際に運動余力の改善はどう行うか?一つにはクライエントの希望に沿った運動課題を工夫していくことです。人は適切な運動課題を通して、必要な運動リソースを豊富にし多様な運動スキルを発達させることができます。



 もう一つは柔軟性を徒手療法で変化させたり、環境調整や自助具、介助者のシステムなどを持ち込んだりと運動リソースを直接変化させることです。さらに痛みは運動リソースやスキルの出現を邪魔するので、可能なら痛みの軽減を図ります。こうして構成要素間の関係と運動リソースの両方に同時にアプローチします。



 この視点に立ってクライエントに接するうちに、以下のことに気がつくようになりました。


  1. クライエントは見た目以上に沢山の「隠れた運動余力」を持っている。が、クライエント自ら動くまではこれらに気がつかれないことが多い。
  2. 良循環と呼ぶべき状態がある。急性期や軽度のクライエントでは、ほんの少しの運動課題達成の経験によって、「隠れた運動余力の発見→活動の多様化→更なる運動余力の改善・・」といった良循環に入ることが多い。
  3. 逆に「袋小路」と呼ばれる状況に陥るクライエントも多い。「偽解決」や「貧弱な解決」をひたすら繰り返し、「隠れた運動余力」に気がつかれない。脳性運動障害や高齢者などのケースが多い。セラピストには、袋小路からクライエントを救い出す知恵と工夫が必要である。
  4. 急性期に、運動余力の改善を図らないでいきなり歩行のような動作訓練を行うと、貧弱な解決(たとえば患側下肢支持期の膝伸展ロック)のような安易な方法を取ってしまうため、袋小路に入りやすい。


 20分という時間は少ないものの、運動余力の探索と改善に焦点を絞り込むことで、リハビリ訓練の効果を生み出すことができます。(詳しくは講習会で・・・・)



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



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